JIA 公益社団法人日本建築家協会

JIAの建築賞

JIA 新人賞

2022年度 審査委員講評

高橋 晶子

 今年度の応募は93作と増加した。いっぽう、受賞作品数の規定が厳格化された。いままで「原則2点以内」で運用され、3作品が選出された年もあったのが、「原則」が削除され「2点以内」となった。
このことが審査を大変にし、今まで以上に本賞の意味を問い直す機会となった。
第1次審査では、全作品のなかで推す作品パネルに付箋をつけ意見を交わしながら、以下の10作を選んだ。「菊名貝塚の住宅」「椎葉邸」「鶴岡邸」「HAT house –生きていく 住まい–」「松原市民松原図書館」「甲陽園の家」「川と家」「TETUSIN DESIGN RE-USE OFFICE」「ミナガワビレッジ」「BONUS TRACK」。
オンラインで公開された第2次審査では、第1次通過者のプレゼンテーションと2段階投票を経て、現地審査対象4作「鶴岡邸」「松原市民松原図書館」「甲陽園の家」「BONUS TRACK」が選出された。
現地審査は12月21日「鶴岡邸」と「BONUS TRACK」、1月8日「松原市民松原図書館」、9日「甲陽園の家」で実施、最終審査は1月18日にJIA館にて行われた。各委員が自身の評価軸を述べたうえで4作品について語るところから始まった審査は2時間半以上に及び、最終的に「甲陽園の家」「BONUS TRACK」が受賞作に決定した。
4作品とも独自の挑戦と実践が明らかで、現地審査においても想像未満だったというものはなく、「2点以内」の縛りのもとで新人賞の意味を問う議論が繰り返された。受賞作は2つの評価軸―作品性と社会性―を象徴しているともいえるのだが、いずれも建築の可能性が個別解で閉じず、何等かの道筋で大きな提起となることを信じた結果である。
「甲陽園の家」は、建築の「内側」ですっきり明快な道筋を作っている。敷地の制限から発見された独自な工法と、単純かつ効果的なジオメトリーの操作がひとつの筋となり、伸びやかで多視点的な空間が生まれていた。敷地は丘の中腹、巾2m前後でつづら折れる道に脆弱な擁壁が折りあわされた住宅地の一画で、人手による搬入と重機なしの組立しかできない場所である。LVLからアーチフレームのパーツを切り出し現地でフレームを組むこと、そのアーチを背中合わせに持たせあい十字柱が連なる架構とすること、そこに45°角度を振りながらヴォールト屋根をかけること。この枠組の決まり方から感じる清々しさと新しさは、理屈だけではなく、空間そのものにも感じられた。柱座標よりもヴォールトの斜交座標の方向性が強い印象だが、柱座標に沿ってカットされる屋根や折れ曲がる外周壁ラインによる輪郭の揺らぎが多方向性と複雑さを感じさせる。テラスや2階の室は落ち着く居場所でありながら、はるか遠くへ意識が向く。
「鶴岡邸」は、建築と自然の関係性の再定義に挑戦した意欲作である。水(雨)と土を保水性・断熱性を備えた「建材」としてとらえなおし、土が充填されたヴォールトスラブと土のコアで具現化している。
雨はスラブからコアを流れて大地に吸い込まれ地下水や池の循環系に繋がる。水分を含んだ土は夏冬の室内温熱環境を安定させ、屋上の緑を育てる。自然環境要素をインフラストラクチャーとして捉え、建築を循環のなかにある環境単位とする構想と、詳細まで詰められた実践に感銘を受けた。いっぽう、2階床レベルのヴォールトスラブが果たす意味が気になり、この構想は平屋、または多層のほうがより明快だったかも、という思いが残った。土のコアとは別の鉄骨コアフレームがあることも、最後まで推すことにためらいを感じてしまった一因であった。
「松原市民松原図書館」は、最終審査に残った唯一の公共建築である。公共建築は周辺との調和や使い勝手、コストや環境性能が強く要求されるが、それらがあらたな視点や方法で実現されることは敬遠されがちだ。そのなかで、本作は場所性や自然環境要素といった他律的要因を独自性の高いストーリーに展開していた。溜池の中に建つ土木的な塊は、一見何なのかよくわからないモノとして住宅地にぬっと現れながら、古墳が残る街の景色に重なっていく。最大600mm厚のコンクリート外周壁は、その蓄熱性能で断熱材なしで快適な温熱環境を実現している。この外周壁によって内部の架構が自由になり、多様な性格の居場所が作られ使われている。いっぽうで、内部のプランニングは外部のつくりとひとつの筋を結ばず、別案もあったのではという思いが残った。また、開館後の測定データから外周壁における熱移動のしにくさが明示されたが、総合的な省エネ効率をもう少し理解したかった。
「BONUS TRACK」は、最終審査で最も長く議論した作品だった。
小田急線地下化で生まれた土地に作られたパブリックスペースと建築群、それは望ましくも実現しづらかった場所、街の景色だ。個人が住み商いしながら自治に関われる仕組みとハードウェアとしての建築、その両方に建築家が関わり、いまも街の一員として関わりを継続している。ここにある建築は、オリジナリティ、いわゆる作品性を強くは感じない。プロトタイプとヴァナキュラーの中間として映る。そのスタンスはむしろ良い影響を及ぼし、界隈性をもった環境単位が周囲に拡張している。現在さまざまな場面で、過剰な分断を見直して繋がりを育む社会への希求が高まり、そのための街や建築の提案が試みられているが、本作はそういった直接的な社会性に応えた建築家の積極的アクションである。しかし社会性や職能とい
う言葉だけで本作を評価することには違和感を持つ。作品性と社会性は対義語でなくどちらも建築に求められるものであり、どちらも開拓されるものだからだ。そのような思いから、私は本作を建築家ならではの投錨だと位置付けた。

難波 和彦

 今年は例年よりも多い90点を越える応募があった。アトリエ事務所、組織事務所を問わず、基本的に建築家個人としての応募である。
第1次審査はA1版パネルと応募書類による審査で10点の建築が選ばれた。すべてアトリエ事務所の建築である。組織事務所の場合は、建築家個人が関与している範囲を見きわめるのが難しい。3人の審査員の念頭には「建築デザインは自立した建築家によって構想される」という暗黙の前提があったかもしれない。この問題はJIAの建築家の職能に関わり、最終選考会でも議論になった。結論をいえば、JIAの建築家の職能の定義は、もはや時代錯誤的ではないかという意見である。
第2次審査はオンラインで公開された。10組の建築家のスライド・プレゼンテーションと質疑応答の後に、審査員が投票を行った。投票の結果について建築家と審査員の間で議論が交わされた。審査員相互にも意見の相違があったため、決選投票が行われ、以下の4点が現地審査の対象に選ばれた。第2次審査で重視した点は、問題提起と統合力である。選ばれた4点には、完成度の差はほとんどないように思われる。
現地審査では、もう一歩踏み込み、現代社会の問題に対する具体的な提起の仕方を確かめ、問題に対する技術的・機能的・空間的な統合性を見きわめるように努めた。この意味で、現地審査によって検証すべき問題点が多い建築ほど、潜在的な可能性があると考えたわけである。
①鶴岡邸(武田清明/武田清明建築設計事務所)
外構と屋上の緑化に感銘を受けた。一般的な緑化よりも過剰なほどに豊かである。四角い無垢の鋼柱とRCヴォールトの対比的な構造デザインには意表を突かれる。南面の全面ガラスには、ファサードのRCヴォールトのシルエットを浮かび上がらせる効果がある。一方、ペアガラスを使用せず、あえてシングルガラスとし、結露水を植物への遣水に利用するというアイデアは、SDGsに対する密かな批評性である。スパンの異なるヴォールト列は、印象的なファサードを作り、一室空間に柔らかなリズムをもたらしているが、ランダム性がやや自己目的化しており、統合性が弱いように思える。
②BONUS TRACK(千葉元生+山道拓人/ツバメアーキテクツ)
全体の佇まいは、一見すると戸建て住宅の集合のように見える。
それはありふれた外装とともに、周囲の密集住宅地のコンテクストに対する微細な応答である。小スケールの店舗に囲まれた広場は、居心地のよい食事テラスになっている。テント庇、看板、家具什器は、建築家が提案した見えないルールによって柔らかく統整されている。
クライアント企業、複数のテナント店舗、地域住民、区役所など、多数のステークホルダーとの対話には膨大なエネルギーが費やされただろう。複雑で錯綜したデザインプロセスを感じさせない、ルーズな構法とオーディナリーな外観は、前向きに評価するなら、次世代の集合知による新しい建築家のあり方の提案として受けとめることができるかも知れない。
③松原市民松原図書館(高野洋平+森田祥子/MARU。architecture)
要塞のような外観には、当初は微かな違和感を抱いた。それが分厚いRC壁と周囲の池の膨大な熱容量を利用したデザインであり、その実効性を検証することによって評価が反転した。分厚い壁に切り込まれた不定形な開口は、それぞれ異なる表現と機能を備えている。重厚なRC壁の外観と、鉄骨造の軽快な内部空間の対比は、意外性のあるデザインだといってよい。フレキシブルで開放的な内部空間に、一見ランダムに書架が配列されているが、図書分類の周到なスタディの結果だろう。エントランスから屋上広場まで伸びる室内動線には、曲折する路地のような楽しさが感じられる。
④甲陽園の家(畑友洋/畑友洋建築設計事務所)
基本コンセプトが厳しい敷地条件から発想されている点に注目した。斜面敷地の既存住宅の基礎条件から、上部構造の徹底した軽量化が、狭隘な前面道路から、人力による建材の搬入と組立可能な部品が発想されている。その前提の下に、グリッドプランの対角線上にLVL部品を組み合わせたヴォールトが架構されている。実施案に到達するまでには、何通りかのスタディがくり返されているが、単なる幾何学操作ではなく、形態と構法を統合するデジタル・ファブリケーションによる巧妙な組立法が案出されている。材料の性質から生じる加工時と組立時の誤差は、大工の手作業によって微調整されている。デジタル・ターンによって古典的なアルベルティ・パラダイムは払拭されるだろうというマリオ・カルボの仮説を見事に反証してみせた、先進的な問題提起を孕んだ建築である。
以上のように、現地審査で判明したのは、それぞれの建築に、互いに異なる問題提起があり、予想以上に新しい発見が見られるだけでなく、解決方法も多種多様である点である。その結果、私自身としては、一次元的な尺度による比較対照は不可能であるという結論に至った。
最終選考会では、4つの建築から2点を選ぶことを求められた。
当初は4点を同列に比較する尺度はないと考えたが、現地審査を終えた時点では、私なりに順位、④―③―①―②をつけていた。④はデザインのパラメータがもっとも多く、統合性が強固である。③は厚いRC壁と池の熱容量を活用したSDGs的な提案に注目した。選考会では、高橋委員は④と①か②を、原田委員は①と②を挙げ、突っ込んだ議論が交わされた。議論の中で、建築の評価と、建築家の職能という2つのテーマが浮かび上がった。新人賞のこれまでの評価基準は前者にある。議論を通じて審査員3人の意見は迷走した。
その中でJIA新人賞は作品の完成度のみならず、建築家の職能を逆照射すべきであるという提案が出た。これまでのJIAの職能の定義は旧来のアルベルティ・パラダイムに依拠している。しかし現在では建築家の活動範囲は大きく広がり、プログラムの提案、拡大するステークホルダーへの対応、リノベーション、工事への参画などが建築家の職能に取り込まれている。この観点から見れば、②と④が両極にあり、①と③はその間にある。
こうしてJIA新人賞の今後の展開を先取りするには、②と④を選ぶべきだという結論に収斂した。私自身の視点の転回には、上記の2つの視点が重合していることを付記しておく。

原田 真宏

 93点という多数の、しかもそもそもレベルの高い作品群の中から、たった2作品を選定するというのは、刺激がありつつも、想像以上に大変な作業でした。建築家にとって、最も重要な登竜門として広く認識されている「JIA新人賞」ですから、力作が多数集まる、コンペティティブな状況となるのは当然なのかもしれません。
二次審査開始時の挨拶で「この世界の未来をより良く、美しくするような作品や人物を選びたい」と、その時はそれほど意識もせず述べたのですが、ファイナル4作品の現地審査を終えてからの最終審査に入る際に、もう一度私はこの審査委員としての基準を、今度は意識的に表明し、審査に入らせてもらいました。
それはこのJIA新人賞の重要度とその受賞の困難さから、登竜門、つまりそのフィルターとしての性質がそれなりのバイアスとなって、建築界の潮流に影響を与えていると考えたからです。建築作品は、これまで多くの先達によって連綿と築き上げられてきた「建築文化」を更に発展させるべく、これに寄与する意義を持っているべきであることは疑いのないところですが、それだけではなく、直接に「世界/社会」と向き合った開かれた創造活動でもあるべきです。
WEB上で自身に近い意見が選択的に表示されることで、まるで世界が同一の意見や関心ごとで満たされたものであると認識してしまうことをエコーチェンバーやフィルターバブルと呼びますが、同様の現象は特定の文化を共有する集団でも起こり得ます。例えば、ちょうど12年前の東日本大震災後の再建に際して、土木分野とは対照的に建築家は社会からほとんど頼りにされなかったわけですが、その残念な事実は建築が文化的に自己目的化(もっと言えば内輪化)することで現実世界から乖離してしまっていた状況を逆照射し、その反省が建築界を変え始めたとは、数多指摘されてきた通りです。
建築家とはこの世界を具体的に美しく幸福に変えていく実効的な職能であるはずです。JIAという建築家の集団である組織の重要な新人賞として、そんな原点を再確認したいと考えたのです。
この審査では建築文化を洗練すべく建築の深奥へ向かう内向きの価値、もう一方を現実の世界へ向かう外向きの価値、としてそれぞれを尺度としながら各作品を評価していたように思います。そんなことを意識しつつ、受賞した2作品について述べていきます。
先ずは、最も議論に時間を費やした「BONUS TRACK」について。
この作品は下北沢地域の鉄道軌道の地下化に伴って生まれた地上空地の再開発事業ですが、通常であれば、容積率を使い切った無記名の大規模商業ビルができて終わりですが、容積は抑制しつつ複数の住居兼用店舗も含んだ小規模商業施設を分散配置することで、下北沢らしい細々とした都市風景や独自の文化を引き継ぐことを意図したものです。この分散配置によって生じた各棟間の余白の部分=「都市空間」の生成が主題とされており、ここに、下北沢の街を詳細にリサーチすることで得られた「行為がレコードされた建築的要素」を散りばめることで、都市風景に加えて、それによって再生される「らしい」行為まで含めて、下北沢的なる都市空間を継承することに成功していました。特に興味深かったのは建築家が手がけたエリアだけでなく、BONUS TRACKを雛形とするようにして、周囲に類似する小〜中規模開発が連鎖する状況が起こっている事実です。地域の特徴を抽出しデザインによって明らかにすることで、それまで不可視であった地域の「らしさ」が人々に共有され周囲へと展開し始めたわけです。更にその共有の範囲は大手デベロッパを巻き込み、持続的な都市開発として現在も推進されつつあり、時間的にも空間的にもオープンエンドな自走してゆく都市開発となっていました。
このように従来型の「無記名で/巨大で/一回性の」商業ビル型開発に代わる、「地域特性を活かし/ヒューマンスケールで/持続的な」都市開発の普遍的手法の提示となり得ていた点は、まさに先述の未来をよくする外向きの価値を示しており、高く評価しました。また建築内部の「空間」に主題がないことで、本作を建築作品として評価して良いのかは議論を呼びましたが、むしろ「都市空間」という本来建築家が扱うべきデザイン対象をこの作品の成功によって広く社会に知らしめており、建築家の職能を拡大するものとして、この点も評価されました。
これに対して「甲陽園の家」は、いわゆるJIA新人賞らしい、建築文化の発展・深化に寄与する作品でした。西へ下る斜面地上の変形敷地に建てられた作者の自邸であり、狭隘な搬入経路や敷地内の脆弱な既存擁壁の制約などから、強度当たり重量が小さいために手運びのできるほどに軽量になるLVLを主材とした木造が選択されています。LVLによる各部材はマザーボードからデジタル連動加工機によって、設計者による加工データ通りに自由かつ精密に切り出され、まるでレーザー加工機や3Dプリンタのようにデスクトップと現場がシームレスにつながる状況は、新たな技術による構法開発とそれに伴うデザインの更新が行われているかのようで共感したところです。またジオメトリは、直交グリッドに沿う下層空間に対して、上層のボールト屋根列は戸外の風景に向けて45度平面的に傾いて設定されており、その二つの異なる空間性がダブルプラン的に一平面上に重なっている環境も新鮮で、LVL木軸に内部応力が入ることでパンッと張った木製弦楽器の内部のような空間性と合わせて、作者の構築面だけではない空間への高い感度や意識を証明するものでした。
構築面と空間面の更新が連動するように同時に起こる時、新しい建築様式が発生するものですが、そんな小さくとも王道の建築観がそこにはあるようで評価しました。
賞に選定された2作品は、先の尺度に従えば、外へ、内へと、異なる方向性を示すことになりました。現時点では、それは建築界の深化と共にその幅を広げる結果なのでしょうが、いずれは外の世界を対象とする方向と、内の建築文化を深化する方向は限りなく近づいていくことになるはずです。その始まりとして、この2作品の同時受賞を記念したいと思います。