JIA 公益社団法人日本建築家協会

JIAの建築賞

JIA 優秀建築選JIA 日本建築大賞・JIA 優秀建築賞

審査委員講評

2025年度 審査委員講評

小泉雅生(審査委員長)

 3年にわたって審査員を務め、今年が最終年度となった。これまでの審査を通じて強く感じたのは、優れた建築作品を生み出すにあたって、建築家の果たす役割が、いわゆる設計行為だけでなく、より川上に、もしくは川下にも広がっているということである。どのような企画とするのか、またそれをどのようにオペレーションするのか、そこまで踏み込むことで大きく建築の可能性を広げられる。そのためには理解あるクライアントや意欲に富んだ運営者と巡り合う幸運もさることながら、彼ら彼女らと創造的な協働関係を構築できるかが問われよう。デザインだけでなく、そのデザインを導き出すプロセスにも意識を払わなければならないのである。一方、プロセスにばかり注力すると、ともすると建築家の個性とそれに基づく独自性が損なわれ、建築そのものの強度がないがしろにされかねない。その双方を意識した「強い」建築が評価されるべきではないか。

 そのような観点から「霞ケ浦どうぶつとみんなのいえ」が大賞に選ばれた。建築家がPFI事業に参画し、川上の企画段階、さらに川下の運営段階にまでコミットし、地の利があるとはいい難い場所で賑わいを作り出すことに成功している。建築的には、既存建物に園路などの新たな要素を重ね合わせることで、コストやアニマルウェルフェアといった課題を乗り越え、見事に強度を持った作品へと昇華させていた。既存躯体をいうなれば地形として扱い、遺跡の上に動物が展開するかのような風景は印象的であった。今後の既存建築活用に一石を投じるプロジェクトといえよう。「暖居」も、別次元ではあるが所与の建築的文脈を読み解き、建築に理解の深いクライアントとともに、極小の私的な空間を作り上げたものであった。木立の中に大きなヤドリギのように不定形のボリュームが浮かび、サルが木立に群れるかのように人々が思い思いの姿勢でたたずむ風景は、新しい自然と建築との関係を予感させた。隣接する篠原一男の建築とはアプローチが異なりつつも、やはり類まれな体験がなされる場が生み出されていた。規模が小さくともスケールの大きな建築といえよう。

 「伊豆市津波避難複合施設 テラッセ オレンジ トイ」は津波避難ビルと観光拠点を重ね合わせるという、際立って社会性の強いプログラムであった。津波被害が想定されるゾーンにおいて、美しい海岸の風景を守り、さらに守られた景観を日常的に生かしていくという、一貫したストーリーが紡がれているが、その結論に至るまでに多くの分野の専門家が参画している。その全体をコーディネートした建築家には深く敬意を表したい。

 「全日本海員組合本部会館 改修」は、大髙正人による既存建物を、現代のスタンダードに合わせるべく改修し、より価値を高めんとするプロジェクトであった。文化的な価値を共有し、残していくためのプログラムを立案し、クライアントと並走した建築家の振る舞いはしっかりと記憶されるべきものであろう。

 最後に、現地審査対象となった「小千谷市ひと・まち・文化共創拠点 ホントカ。」では、フロートと呼ばれる可動式の本棚によって、図書館の中に想像もつかない新しい風景が生み出されていた。「ヤマト本社ビルA棟・B棟」では、オフィス前面を厚みを持ったファサードとすることで、印象的な街の風景を作り出していた。いずれも従前のビルディングタイプの可能性を大きく広げるものであり、高く評価したい。

原田真宏

 最終審査日から一月ほど経っただろうか、締め切りが過ぎてしまったので仕方なくキーボードに向かっている。いつもなら、審査の感興が新鮮なうちに審査評などは片付けてしまう方なのだが、今回はどうもそうともいかない「感じ」があった。何か、きっちりと説明してしまうことへの忌諱感とでもいうのだろうか。この間、卒業設計や修士論文の複数の審査会を跨いできたのだけれど、それらの印象も混在させながら、建築大賞・優秀建築賞について反芻してみようと思う。

 当たり前過ぎて申し訳ないが、「建築は説明される」ものである。それが卒業設計案やコンペ案という未だ具体的な実体を持たない段階ではもちろん、こういったすでに具体的な建築物として竣工し経験ができる作品賞の審査の場においてもそれは求められる。もちろん、現地での審査の場では実際に見ることのできない情報、例えばエンジニアリングや都市的な文脈等を補完しようとして説明はなされるのであるが、何かそれ以上の重みのようなものをそこに感じることも確かだ。その説明によって現されようとしている何かとは、目の前にある建築の背後、あるいは上方にある理念的な「建築的本体」とでもいう存在だろうか。その抽象レベルにある建築的本体の「影」が、目の前にある建築という具体物であるかのように、反転的に感じることさえ、しばしばある。

 いわゆる「理念としての建築」は西欧クリスチャニズムの世界では、石材等の強い制約を持つ具体的建築と“対”となって都市を形成してきたが、海を超えて輸入された現代建築からはこの重たい具体的質量が滑り落ちてしまったようだ。残った軽やかな理念としての建築(≒輸入版現代建築)を種として、竣工して具体性を帯びることが事実上不可能な教育の場で成長し、先に述べたようなこの国特有の「建築の本体」が発生したのかもしれない。大学製図室はその温床であり、そこで育った建築家の多くもその「本体」を持ち続けることになる、と昨年までは観察していた。前置きが長くなってしまったが、今回の一連の審査でそれが変化する兆しを感じたのである。

 特にそれは大賞を受賞した「霞ケ浦どうぶつとみんなのいえ」で明らかだった。その作者である髙橋一平氏は現地審査でも最終審査の場においても、徹底して「建築を正しさに基づいて説明しきること」を避けようとしていた(ように見えた)。彼が作り出した建築は通常のように、状況を問題として立て、建築をそれへの解答である、というような抽象化されたリニアな論理関係として説明されることはなかった。なみなみと水を湛えた霞ケ浦の周囲の環境や、躯体だけになったRC造の既存建築群、そして自身が作り出した新築建造部等も含めた総合的な物理的環境として彼は設計対象を捉えていたし、「問い → 解答」の構図を避けようとあえて循環論法的に伝えようとしていたようにも思う。動物も人もフラットに立つそのフィジカルで生々しい場は、比喩的な意味で製図室に外からの風が吹き込んだようで爽やかだった。

 他にも関係者の歴史と記憶の即物的なレコードとして、大髙正人氏による既存建築を経済合理性を超えて保存しようとした「全日本海員組合本部会館 改修」の仕事(故 野沢正光氏のDOCOMOMO活動の集大成のようだ)、津波危険地域に日常使いする観光施設を兼ねた避難棟を実装することで現実的に安全な観光地へと転じた「伊豆市津波避難複合施設 テラッセ オレンジ トイ」、そして軽井沢の冷涼な森の只中に暖かな空気と関係の場をふんわりと浮かべた「暖居」なども、どの作品も説明的位相を介さずともある豊かな環境の質を現前させ、それが建築的本体であると、しかし気張らずにそこにあったように思う。理念はその具体的な環境の現前から自律的に乖離せず、作品によっては、むしろそこから立ち上がろうとしているようでもあった。この「具体から理念への生々しいジャンプ」は、現在「製図室」の学生たちが意識し、挑もうとしているものなのだろう。

 隔年で3回、通して5年の長い任期の最後に、新たな兆しを感じられたことは幸福だったし、勇気づけられたようにも思う。僕自身、これからを楽しみたい。

工藤和美

 大賞に選ばれた「霞ケ浦どうぶつとみんなのいえ」は、既存施設をリノベーションしながら、全く異なる機能への転換をPFI事業で行った点など、これまでのビルディングタイプにはなかった、新しい建築の在り方を示している。さらに、動物の飼育といった行為を、見学者と飼育者の両方の視点で捉え、これまで体験した事のないような、新たな動物園を実現していると感じた。見学者のルートとして、新たに挿入された通路は、2階レベルの細い回廊となって、周辺の自然と園内の動物を絶妙に、近づけ/離す、役割を担っていた。キリンの、のびやかな姿が、様々な高さから観察できるのも、他にはない特別な体験を与えている。旧施設を解体保存しながら、うまく取り込みつつ、挿入された回廊が全体を繋ぎながら開いている点が高く評価され、建築大賞に選出された。今後も維持管理する中で、進化した取り組みが行われることを期待したくなる建築であった。 次に、優秀作品に選ばれた3作品ですが、「全日本海員組合本部会館 改修」は、六本木通りに面した組合の顔部分を生かし残しながら、耐震上のケアーをしながらも、オリジナルの姿を保存しつつ事務所機能を維持したうえで、地下ホール部分や図書部分を社会に開くように、空間を再整備し魅力的な場を実現している。

「暖居」は、軽井沢の森にひっそりと佇む居場所を実現している。自生する木にアンカーして、ツリーハウスとして成立させながら、所有者の心地よい居場所を実現している。窓から見える風景と、光の入り方、スケール感を、身体感覚で絶妙に作り上げている。

「伊豆市津波避難複合施設 テラッセ オレンジ トイ」は津波避難複合タワーとして、新しいビルディング形式を提案している。飲食・物販を複合することによって、日常の延長に避難の場を実現している。滅多に来ない津波だからこそ、非日常の避難場所にしないで、日常の延長にすることで、有事の際に本当に機能し、人々の命を救う事ができる。松林に囲まれつつ、遠く港を行き交う船からも、海水浴を楽しむ人達からも、湾内の宿泊施設からも、まちの住民からも常に認知できる存在となっている点が、これからの津波避難施設として求められる新しい回答のように感じられた。

 惜しくも選外となったが、「ヤマト本社ビル A棟・B棟」は、晴海通りに2棟のオフィスが、夜間には天井の木のぬくもりを周囲に溢れ出させて、都心のビル群の中にホッとする自然を感じさせていると同時に、そこで働く人々にも豊かな空気を生み出している点が評価された。

 小千谷の「ホントカ。」は、雪深い地域にあって、人々の居場所としての様々な工夫が施されていて、図書館でありながら、その機能をさらに広げている点が、新しい公共施設の在り方を提示していると評価された。地域住民を巻き込むワークショップの工夫など、これからの公共施設づくりに一石を投じている。

大野博史

 今年の現地審査対象となった6作品からは、施主・発注者側の建築に対するリテラシーの高さが強く感じられた。設計者のみが理念を主導するのではなく、施主が伴走者として関わり、施主の思いに建築家が応答するという協働の関係が、結果として作品の質を高めていた点が印象的であった。これは単なる偶然ではなく、これまで多くの建築家たちが積み重ねてきた地道な活動が不特定な施主側の意識を変え、建築の多様な価値を社会に示してきたことの表れであり、一つの時代的な現象として捉えることができると思う。

 惜しくも本審査には残らなかった「ヤマト本社ビルA棟・B棟」は、木材を積極的に用い、その表情を生かした天井・立面構成と照明計画によって、銀座の街並みに新たな質を加えていた。維持管理を前提とした材料への深い理解と施主の合意がなければ実現し得なかった提案である。

 周辺開発が進む都心において既存建築の再生を実現した「全日本海員組合本部会館 改修」もまた、近代建築を守ろうとする施主の強い意思に支えられたプロジェクトであった。事業スキームの構築段階から関与した建築家には、このプロセス自体を記録し、今後に伝えていくことが期待される。

 「伊豆市津波避難複合施設 テラッセ オレンジ トイ」は、津波避難施設という高度に機能的な要求と観光施設という地域振興の目的を統合し、合理的な建築形態として実現させた優れた作品である。研究者と連携した大学に所属する建築チームの体制が、地域の防災意識と観光振興への期待を的確に建築化することに成功していた。

 「暖居」は本賞の中でも最小規模の作品であるが、施主の個人的な物語を出発点に、ものづくりの楽しさ、身体的スケールの空間体験、新たな基礎工法の提案をおこなった、建築の原初的魅力に満ちた作品であった。

 「小千谷市ひと・まち・文化共創拠点 ホントカ。」では、図書館機能を含む複合プログラムの複雑な要求を、移動書架による「フロート」、人の活動を受け止める「アンカー」、積雪環境に応答し風景と連続する「ルーフ」という三つの構成操作によって明快に整理している。ワークショップで集約された意見を数理モデルに反映しアンカー配置を決定するなど、動的な意思決定プロセスも特筆すべき点であった。設計プロセスの豊かなダイナミズムを、竣工後の運用においてどのように継承していくかが今後の課題となるだろう。

 建築は竣工と同時に一つの形として固定されるが、長期にわたり使用される存在である以上、将来の変化に応答し続ける動的な均衡を備えることが求められると思う。大賞を受賞した「霞ケ浦どうぶつとみんなのいえ」は、この意味において竣工をあえて留保した建築とも言える存在であり、「途中を完成させる」という姿勢を明確に示していた。増築部に設けられた湾曲スロープは、既存建築や動物との物理的・心理的距離を繊細に調整し、利用者にこの場所固有の環境を強く意識させる装置となっている。既存建築を大地に見立て、新たな介入を環境の一部として位置付ける設計思想は、完成という状態を持たない自然のあり方に重なり、その理念は空間体験として見事に具現化されていた。さらに建築家自身がPFI事業チームに参画し、運用を含めた長期的展開に関与している点も、本作が「途中を完成させる(し続ける)建築」であることを象徴しているように思う。

飯田彩

 建築賞の受賞作品は時代を写し、その年ごとの色がある。今年度の現地審査では、「施主力」と建築家の「伴走力」という言葉が私たち審査委員の間で度々交わされた。言い換えると、6作品がいずれも、都市や地域、あるいは建築作品に対する建築主の強い思想と、その想いに深く寄り添いつつ、新たな未来を形づくる設計者の卓越した能力がひときわ光る作品であったことが2025年度の特色だと感じた。また、最終審査に臨んだ4作品のうち大賞を含む2作品が改修であったことに時代性が表れていた。そうして、231作品の中から受賞した4作品は、いずれも時代に名を刻む傑作だと断言できる。

 大賞に輝いた「霞ケ浦どうぶつとみんなのいえ」は、実際に訪れて、隔てる柵もないキリンと人間の距離の近さに驚いた。既存建物の大半を半屋外化し、曲がりくねった歩廊が園内を巡る。既存と新築、人工と自然、さらには人間と動物が混ざり合い、自然との共生を考える「環境」をつくる挑戦的な作品だ。そこには、これまでにない新しい建築をつくろうとする建築家の強い意思が漲っていた。それを地道な調査や綿密な設計の積み重ねが裏打ちしている。PFIの事業者の一員として、周辺エリアを含め、長い時間をかけて環境をつくり続けていく関わり方にも感銘を受けた。

 「全日本海員組合本部会館 改修」は、六本木にある大髙正人設計のモダニズム建築を未来につないだ奇跡のようなプロジェクトだ。丁寧な設計で、原設計を復原しつつ、耐震性能を確保し、断熱性能を向上。さらに、減築によって蘇らせたサンクンガーデンを都市に接続し、展示室などとともに一般開放することで公共性、発信力を強化した点も素晴らしい。この作品のみならず、多くの名作住宅の保存・継承に尽力された野沢正光さんの偉業に心から敬意を表します。

 「暖居」は、理屈ではなく、建築の中に包まれたときの根源的な幸福感に抗いがたい魅力を感じた。4本の木の間に浮遊するように佇む小屋の中に潜り込むと、薪ストーブを中心に身体スケールをもった4つの出窓のような居場所が螺旋状につくられ、美しい森を全身で享受できる。「谷川さんの住宅」をはじめ、森の中に点在する谷川俊太郎ゆかりの建築と関係を取り結びながら、10㎡のとても小さな建築でこれだけ豊かな建築の広がりを生み出す建築家の力量に深く感動した。

 「伊豆市津波避難複合施設 テラッセ オレンジ トイ」は、津波避難タワーと観光施設を巧みに複合することで避難施設を日常的に認知、活用できる点、さらに、店舗部分の収益から避難タワーの維持費を生み出せる点が画期的だ。松原に囲まれ、潮風が抜ける半屋外スペースで海を眺めて過ごす人々の姿から、心地よい居場所として地域に溶け込んでいることが見て取れた。この施設がモデルケースとなり、全国にも波及することを願っている。

 また、現地審査の対象となった「ヤマト本社ビルA棟・B棟」は、階段状の床の断面構成による変化に富んだワークプレイスをはじめ、集まって働く意義や充足感を高める空間の創意工夫に満ちていた。なんといっても、木質の空間が暖かな光に浮かび上がる夕景は美しく、銀座の都市景観に大きく貢献している。同じく「小千谷市ひと・まち・文化共創拠点 ホントカ。」は、雄大な越後三山や信濃川の風景を取り込んだ大らかな空間に圧倒された。「フロート」と呼ぶ可動書架を動かすと、開架書架エリアが季節ごとの地域の行事などが開かれる広場へと可変する。これまでの図書館の枠組みを超えた新しい可能性を感じた。