■ 建築家資格制度の経緯 閉じる

建築家資格制度と建築教育

小倉 善明

 建築家資格制度と建築教育について考えると、誰もが思い浮かべることは、建築家資格を取るための教育と、資格を取った後の教育についてである。この号では、継続教育について大宇根弘司さんが記述されるので、主として前者の建築家資格を取得するための建築教育について述べることにする。
我が国の建築教育は大学及び専門学校で行われてきており、建築家になる人に対して、最終的には日本独自の資格である一級建築士資格を取得するために必要な教育がされている。そして建築学科は工学部に属している。この二つのことは、国際的にどのように評価されるかは別としても、我が国独自のシステムであると言わざるを得ない。海外の大学院に留学した人ならば「工学部でどのような建築教育を受けてきたのか?」という質問を受けた経験をもっているだろう。海外では建築教育は建築学部で行われているからである。我が国の大学における建築教育は建築家が工学的な知識を持つ上には良いシステムではあるが、例えば国公立大学においては外国の大学のアンダー・グラデュエートに相当する学部課程において高度の数学とか化学実験など建築家にはあまり必要のない授業があり、結果として建築に関する知識やデザイン演習が不足することにもなっている。しかしながら、学部に在学する学生のすべてが建築家になるわけでもなく、建築全般の基礎知識を会得するのが学部課程であるから、科目の選択制度を改良したり、大学院教育まで視野に入れた一貫性のあるプログラムを組めば、外国の諸大学に匹敵した教育は可能であろう。近年、地球温暖化問題や資材のリサイクル等、建築がますます他分野に関係する側面を見せてきており、このような分野の基礎教育は建築学科が工学部に属するメリットを生かし学部課程で可能となるのかもしれない。
さて、国際的な建築家資格制度を視野に入れた建築教育について考えてみると、資格そのものが国際的な相互認定に基づくものであるから、資格の受験資格を満たす教育プログラムも相互認定され得るものでなければならない。UIA(国際建築家連合)が策定した、建築実務におけるプロフェッショナリズムの国際推奨基準に関する協定には、建築教育について「大学教育課程は、外部の独立審査機関により適切な期間(通常5年以内)ごとに認定・認可・承認を受けなければならない」と述べられている。
建築家資格の国際化について日本側の対応をまとめている建設省では昨年6月、「建築設計資格制度の国際相互認証のためのフレームワーク検討委員会調査報告書の概要」と題した基本方針を発表している。この中で必要な大学における教育期間は学部4年及び大学院2年合計6年間の教育か、あるいは4年間の大学教育及び2年間の実務訓練が提案されている。建築家資格の受験資格を満たすには、この教育期間に加えさらに2年の実務経験が必要になる。しかしながら、国際的に見ると大学院の2年間を実務訓練の2年間に置き換えることは無理なところもあり、教育カリキュラムの国際的な認証を得るために、6年間の大学教育は必要と考えられる。いずれにしても、我が国の大学は建築設計教育制度や教育環境をUIAアコードなどの国際基準に合ったものに改変していく必要に迫られるのである。
このように、我が国の大学における建築教育を、建築家資格制度を視野に入れて考えてみると、最大の問題点は大学院教育にあるのではないかと考えられる。そもそも工学部の大学教育は学問・研究のための教育の色彩が強く建築学科においてもその影響が強い。特に大学院は、研究者や学者になるにはふさわしい環境であるが、建築家になるにはふさわしい環境であるとは考えにくい。建築の実務に関する教育が不足しているのである。このことは、実は、国際的な建築家資格が問題化する前から言われ続けていたことであり、就職後、学生を受け入れた設計事務所や施工会社が改めて1年くらいをかけて実務教育をすることでこれを補ってきた。
大学院において建築の実務教育が欠けている点を補うのはそれほどたやすいことではない。基本的には施設面と指導者体制を充実させる必要があろう。施設面では学生が大学において指導者のもとで設計教育が受けられるよう、製図室(スタジオ)の拡充が必要であろう。学生1人に1台の製図板や十分に使えるCADシステムなどをそろえる必要がある。学生数が多くなるにつれこれらの施設が不足するのが現状である。
実務の世界から積極的に建築家とエンジニアを指導者として迎え、実務教育をする体制はかなり普及してきたがまだ十分な指導が行われていない。特に設計課題の講評や、建築家の職能や実務についての講義には大学外部からの人材の派遣と適切な時間配分が必要である。これまでに非常勤講師などで製図の指導をした経験のある人は、限られた時間の中で指導や講評をせざるを得なかったことに対して矛盾を感じたことが多々あるに違いない。
大学における建築教育をより充実したものとするには、業界各団体や設計事務所など実務の世界の積極的な協力が必要になる。例えば実務経験を事務所で積ませることは学校で実務の教育をするより遥かに効果的である。建築家希望の学生に対しては学部と大学院の間に、いったん就職して、2年程度の実務経験を積むことができれば、大学院における教育が効果的になるであろうし、大学院卒業後は実務の知識を持って、就職先で力を発揮できるようになる。このような仕組みを大学教育に取り入れるには、まず、受け入れ先がなければならないし、受け入れ先の実務経験内容の証明も必要になる。また、大学院の卒業が実務経験のために2年間遅れることに対して就職条件が不利にならないように各団体の取り決めが必要である。
設計事務所の協力があれば、設計課題を設計事務所において建築家やエンジニアなど専門家のアドバイスを受けながら実施するプログラムを組むことができる。このことも学生が実務環境を知る上に効果的である。
大学院の教育課程のなかにプロフェッショナル・コース(建築家になる、あるいは建築に関する実務につく人のためのコース)を新設あるいは強化し、エデュケーション・リサーチ・コース(教育者、研究者になる人のためのコース)と分ける必要がある。両者は学部においては選択科目の差がある程度でよいが、大学院では教育課程を分ける必要があろう。プロフェッショナル教育は大学の個性、格差などを考えると、すべての大学が同一のカリキュラムを完備することは期待しがたいしその必要はないのではないか。大学間の単位の相互認定をする基盤を作り、学生が他大学でも単位を取得できるようにすべきである。大学によっては建築に関する専門分野(例えば、FM、CM、PMや照明デザイン、ランドスケープデザインなど)に関するコースとそれに関する十分なカリキュラムを持ち、これらの分野専門家の養成を図るべきである。これは大学相互で単位を交換する上でも有効であり、これらの分野が他国に後れをとっている現状を改める上にも必要なことと考える。
実務的な建築家教育は、建築家自らが行わなければできない部分が多い。JIAとしては、実務に携わる多くの人材を教育の場に送り出す機能を果たすべきであろうし、可能であるならばJIA自ら実務教育を行う場を提供することも考える必要がある。広く考えるならば、そもそも建築教育は資格取得のための建築教育だけ考えていればよいというわけではない。一番大切なことは一般の人達が建築に関する教養や知識を持つことなのかもしれない。建築が義務教育でも一般教養でも教えられていないことも憂うべきであり、一般の人達と共に建築や都市が語られない限り新しい建築家資格制度も有効に働かないのでないかとも思う。
プロフェッショナル・スクール設立検討委員会では、これまで述べたような「我が国の建築系大学における建築家教育の在り方」に対して提案を行い、建築実務教育に対するJIAの協力を表明する予定である。現在、既に大学では建築家資格制度に対応する改革が検討されており、よい機会であると考える。
JIA自らも実務教育を行う場−プロフェッショナル・スクールの設立も検討中である。しかしながら、国際的な認証に耐えるプログラムを持ったスクールを常時開設することは容易なことではない。実務訓練との関連などを含め、さらに検討を加えていく考えである。
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