2008年度JIA新人賞

審査員: 審査員: 渡辺 明・篠原 聡子・淺石 優

受賞作品 : 神保町シアタービル  


山梨知彦

山梨知彦(日建設計)

1960年 神奈川県生まれ
1984年 東京芸術大学卒業
1986年 東京大学都市工学科大学院修士課程修了
1986年 日建設計入社
現在  日建設計設計部門副代表
神奈川大学、東海大学非常勤講師

受賞暦
2006年 グッドインデザイン賞(桐朋アネックス)
2007年 SDレビュー(神田の寄席と映画館)
2007年 日本建築士連合会賞(ロックフィールドビル)
2008年 東京建築賞最優秀賞、都知事賞(桐朋アネックス)



羽鳥達也

羽鳥達也(日建設計)

1973年 群馬県生まれ
1996年 武蔵工業大学卒業
1998年 武蔵工業大学大学院修了
1986年 日建設計入社
現在  日建設計設計室主管

受賞暦
1999年 第9回SXL住宅設計コンペ 大賞「ゲーテの家」
2000年 佐世保港ポートルネッサンス21計画
    近海航路旅客ターミナル公開設計競技 佳作(共同)
2006年 SDレビュー2006:神保町シアタービル(神田の寄席と映画館)


神保町シアタービル
撮影:野田東徳(雁光舎)

「古本の街」神保町は、戦前まで戦映画館や寄席などが多数存在する「芝居小屋の街」であった。この計画は、芝居小屋があった頃の活気を神保町に取り戻すために、小学館と吉本興業が協同で企画したものである。狭小な道路に囲まれた300 ㎡ほどの土地に、100 席の映画館、126 席の寄席、それらの共用空間、そして300 ㎡の芸能学校の稽古場が同居するプログラムとなっている。

天空率について
敷地周辺には、前面道路によって形態を制限された小規模の雑居ビル郡が建ち並び、雑然とした街並みが広がっている。
本敷地も、一般法規の規制により地上では基準の半分ほどの容積しか消化できない状況であった。一方で、天空率を用いつつ外観の整形さに対するこだわりを捨てれば、逆に延床面積は約100 ㎡増加し、同時に劇場には整形に近い空間が獲得でき、座席数の増が見込める結果になった。天空率によって生まれた多面体は、道路斜線モデルが作り出す収束的で既視感の強いかたちに比べ、発散するような力感を持った下町ならではのしたたかな形態ともなった。

道路斜線による建築可能なボリューム
寄席と映画館は、低層階に広くとりたいのでセットバックがとれない。このような場合、上層階には小さく歪な空間しか作れない。街の歩行空間に圧迫感を与えないかもしれないが、プランの自由度も低く、街に対して雑然とした印象を与え兼ねない。

多面他ボリュームの輪郭をぶらす
エッジをさらに強調したり躍動感を与え、重そうな塊に軽さを与えられないか、寄席や映画館のライブ感を建物にも反映できないかと考えた。同時に汚れやすい斜面の対策や雨水対策、鉄板のとりつけ方法や熱伸び対策など様々な問題を集約して解けるのではないかと考えた。

素材・構造
この建築は芝居小屋であると同時に、表現を学ぶ者を育む場でもある。強烈な個性が求められる表現者の世界に歩み出す者には、空間を構成する素材と格闘する職人達の執念の痕跡が滲み出た空間が相応しいと感じられた。外壁の鋼板は無補修とし、塗装も人の手によるローラー跡をあえて残した。RC と鋼板の隙間に断熱材を充填して外断熱建築としたことで内部はコンクリート打放となっているが、ここもあえてクリア塗装を施さず素地のままとしている。無塗装のコンクリート壁面は若手芸人が汗水をたらし昼夜なく修行を重る空間に蓄熱と調湿効果をもたらしている。素材と格闘する人の手によるマチエールが、芝居小屋のアウラを醸し出し、この建築が劇場の街を再興するリアルな存在になることを意図している。外装は、音響上必要最小限の厚みのRC 多面体の上に、4.5mm という構造上そして施工上必要最小限の鋼板でクラッディングしているが、これは同時に鋼板耐震壁ともなり、鋼板はモノコック構造とせず、施工誤差を許容しえる大きな溝(オープンな雨どい)を介して暴れた状態で取り付け、モノコック構造が要する内部応力の拘束や精度といったものとは無縁な構造体とした。

空間構成
内部構成は、地下を小学館運営のシアター(映画館)、2 〜 3 階を吉本の花月(お笑い劇場)として、1 階にはエントランスホールなど両劇場共用の機能を配した。規制上、本来は劇場ごとに必要となるトイレなどを集約することでロビーおよび劇場双方の空間を最大限に確保できる構成であるが、同時に「映画館」と「お笑い劇場」という通常では共存することのない文化をあえて同一の場に配することでコンフリクトを生じさせ、そこから新たな可能性が生まれることを期待している。さらに、シアターと花月の連携による共同企画など、新たな展開も可能な組み合わせでもある。4 〜 5 階は吉本総合芸能学院の稽古場。6 階は運営事務所となっている。