2007年度JIA新人賞講評

2007年度 JIA新人賞  現地審査作品
作品名 設計者 事務所名
桝屋本店 平田 晃久 平田晃久建築設計事務所
輪の家 武井 誠+鍋島千恵 TNA一級建築士事務所
アクリルの家 保坂 猛 (株)保坂猛建築都市設計事務所
上用賀のコートハウス 若松 均 (株)若松均建築設計事務所
ES house−01 矢田 朝士 ATELIER−ASH



講評: 小倉善明

 


「ES house−01」
 
風の通る農家の土間を思わせる空間と気密性の高い居住空間という、異なる空間を一体にコンクリートの外皮で覆った住宅である。なかなか実現することは出来ない建築コンセプトを良く実現した。この家で営まれる生活の質に強く影響を与える部分を設計者はしっかり作っている。全体のデザインは、目立たず地味とも言える。スマートでもない。しかし、古い家並みが多く残るこの地に、歴史を踏まえ住まい空間を力強く提案している点がなんと言っても健康的である。ともすると、脆弱になりやすい現代住宅建築に投げかけた、強さのある建築である。

「桝屋本店」
 コンクリートの壁を折り紙細工のように、斜めにカットし一定のリズムでこれを織り成し、農工具や、アウトドアー用品のショールームをかねた店舗を形作っている。システムとしてみると単純ではあるが、実際に体験する空間は変化に富み、閉じるようで閉じない空間で店が構成され、空間単位毎におかれる商品のレイアウトと調和している。
 平面的には四辺形グリッドで構成される。平面計画では単純に見えるが、空間としては三角形の壁面が視野に入るために、半分閉ざされた空間として全体が連続する。この設計者が提案する空間は、単純な平面と断面ではなく、空間を最初から3次元で捉え建築を構成するものであり、その手法に特性がある。そのアプローチの手法にこの建築家の将来性を感じる。
 この2つの新人賞受賞作品以外に、3作品が現地審査に残った。私は非常に社会的なテーマ性を持つ、印象に残った建築として、若松均さんの「上用賀のコートハウス」をあげる。この建築は、いわゆる建売分譲住宅(群)であり、これまで建築家が手を染めなかった分野である。非常に厳しい条件のもとに良く考えられている。その努力にもかかわらず新人賞が受賞できなかったのは、結果によるものなのであるが、残念というしかいいようがない。
 保坂猛さんの「アクリルの家」も、武井誠さん、鍋島千恵さんの「輪の家」も良く考えられた魅力的で、新しい感覚に溢れた住建築であるが、古風な言い方かもしれないが、家のあり方が、ES house−01とは対象的であった。

 


講評: 工藤和美

 

 
「ES house−01」
 植物や、動物が自然界で生きているように、人間が棲むことを再認識させられる家。高気密高断熱だけではない、感性を呼び覚ます、刺激的な家でした。棲むことの厳しさと喜びを同時に感じられる家として、大切な事を忘れそうになっている時代に警告を発する力ある作品です。
「桝屋本店」
 重いものが軽く浮くようで、遮断しているようで連続しているようで。場の作り方に新しさを感じると同時に、モノに負けない建築の強さも感じました。内外の連続間と、上下方向の空間の変化は、人の目線の変化によって、異なる囲みと広がりに出会える、その先を感じる建築でした。依頼者の姿勢も素晴らしく、あえて自分が受け入れがたい、自分の発想を超えた案を最終的に選ばれたと伺いました。建築家への期待をしっかり持ち、この案を選んだ依頼者も素晴らしいと感じました。
 「上用賀のコートハウス」は、街並みが破壊されるありがちな開発のプログラムにあって、新たな建築の可能性を示した作品として高く評価されました。
 「アクリルの家」は、のどかに見える風景の中に、自然との厳しい共存を超えた、別世界が実現していました。キャンティレバーの構造と、アクリルを駆使した開口によって、ピュアな世界を見せてくれました。
 「輪の家」は、別荘地の谷間にあって、打ち捨てられそうな敷地が鮮やかによみがえると同時に、不思議な存在感を発する建築した。選外となってしまったこの3作品は、いずれも劣らぬ力作で、選考委員泣かせの作品であり、細部までのこだわりと工夫は、素晴らしかった。今後の作品に更なる期待をつないでいます。

 


講評: 室伏次郎

 


「ES house−01」
 自然とともにあるべき人の営みという古くて新しい今日的課題をベースに、それに即した空間の型を提示している。同時に周囲の人々との関わりに対して開かれた住居の在り方が明確に構想されている。
 自然と連続しつつも明確に領域づけられた外郭のなかに内箱を組み込むと言う提案に、特に新しさはないが、生活に密着した場として「構築された外気の空間」を実現することは今日決して容易い事ではなく、其の実現に向けて掛けられたエネルギーと建築的解決への意欲を、そしてなによりも指摘された主題が今日の建築空間を思考するうえで重要な課題であることを高く評価したい。自然・建築・人間、3者のかかわりの根源に正面から向きあう提言であり今後の持続力に期待するとともに新人賞の意義に相応しいものと考える。

 


「桝屋本店」
 単純で明確な空間の型の連続の内に豊かな空間体験をもたらす事を試みている。内部性と外部性が渾然と一体化した場を作る事に成功している。但し体験的「豊かさ」の実現と言う意味では作者の構想する同質の試みが様々にあり其の可能性の広がりに期待するものが大きい。原型的な空間発見への意欲とそれの実空間への変換に向けた建築的解決の確かさは高く評価すべきものがあり新人賞に相応しいものと考える。

 


「上用賀のコートハウス」
 建て売り住宅という今日の重要かつ悩ましい課題への取り組みと言うチャレンジを高く評価しなければならない。販売戦略上の制約をふまえながら多少なりともより良い環境の創出に向けた建築家の工夫と努力には並々ならぬものが在る。
 一方、この種の建物群に最も端的な問題点である死地となってあらわれる隣棟間スペースへの提言は未解決とならざるを得ない結果となっている。最大の制約ではあるがこの問題に踏み込まない限り沢山の試みにも関わらず既成の建て売り群の在り方からの飛躍的展開を感じることは出来ない。この点において高い実力の作者であるだけにこの作品もって世に問うことには疑問と言うか、もったいないものを感じる。

 


「アクリルの家」
 敷地の特性である厳寒の地にあって、なお自然との触れ合いの濃い住居を造ると言う命題のもとに、閉じつつも完璧な物理的透明性をもって外界との深い関わりをもたらそうとする計画となっている。事実、現地審査当日の寒さのなかで、明るい日差しのぽかぽかとしたインテリアを体感する事が出来た。
 そこで深く考えさせられるのは、果たして之は自然との関わり深いと言うべき事なのか?と言う事である。透明な視界をもたらしているのは厚いアクリル板の壁と言う水族館の技術である。周辺のテーマパーク化した景色を遮断し遠景のみと関わろうとする大胆な断面、それを実現する構造的な解決の工夫。結果もたらされたものは完璧なまでに封印された人工気候のインテリア空間となっている。当然ながら厳寒の地といえども、当たり前に自然を享受されるべき季節もある。ここには、手段が目的となってしまって主題の矛盾を感じざるを得ないものがある。一方、作者は「構築された外気の空間」の重要さを他のプロジェクトで様々に提言されていて其の可能性の広がりに期待したい。

 


「輪の家」
 信州らしい小楢林のなかに美しい一本の塔が建っている。透明と不透明がランダムに重なる様は、マグリットの絵を見るような幻想性を感じる。周辺を囲む別荘群のなかで際立って注目される位置にあり、残された北向き分譲建て売りの解決として極めてスマートな対処だと思われる。
 それに対して内部空間は輪切りにされた透明な視界の積み重ねが実空間を超えた広がりを感じさせてくれるものとなっているが、塔である事で高さによってもたらされる階層により変化にとんだ空間体験と多様な外界との関係については、特別なものを感じる事がない。環境のなかに如何に在るかと言う解決の視線とともに、多様な人間の営みに対する複雑な対応をこそ建築の力とするなら、カオスモス(造語:カオス+コスモス)が欲しいところだと感じる。