2003年度JIA新人賞講評



受賞者
遠藤政樹(会員番号0301531 関東甲信越支部)
受賞作品 ナチュラルエリップス(渋谷区)
連絡先 EDH遠藤設計室
〒151-0071東京都渋谷区本町2-13-8-3F
tel:03-3377-6293 fax:03-3377-6293

佐藤光彦(会員番号     関東甲信越支部)
受賞作品 西所沢の住宅 (所沢市)
連絡先 佐藤光彦建築設計事務所
〒151-0053東京都渋谷区代々木3-5-7-208
tel:03-5334-6167 fax:03-5334-6168
順不同

現地選考作品
 東 利恵 星野温泉、トンボの湯+村民食堂(軽井沢)
 三分一 博志 エアーハウス(山口県萩市)
 遠藤 政樹 ナチュラルエリップス(渋谷区)
 佐藤 光彦 西所沢の住宅 (所沢市)
  (順不同)


審査員
  穂積 信夫  山本 理顕  木下 庸子  

応募総数 44作品

講評:穂積 信夫

ナチュラルエリップス評

カオスと言われる都会の中心に住もうとする若い世代の期待に応えた小住宅である。16坪の敷地に2世帯を入れるのは厳しいが、更に厳しいのは住環境の悪さである。これをただの閉じた箱ではなく、意表をつく形態で解決した。垂直に立つ楕円の回転軌跡が作り出す空間である。一回転が生み出す中心の空隙に、天に駆け抜けるような階段を設けて、日常生活に演劇的な動きを作り出している。
このシャフトに光を入れながら閉じるためにかけた透明のガラス屋根は、期せずして透明床の小さな空中庭園となり、戸外で浮遊しながら食事するかのような楽しみをつくりだした。
こうしてできた室内は、小さな部屋での活発な動きを象徴して、はちきれるように外に向ってふくれだし、垂直の壁などどこにもない。このような場所には四角張った家具や物品は置きにくいものだが、こうしたものを一つも置かないで住んでいるのを見ると、住人と建築家の気持ちの通じ合いが感じられる。最上階の寝所は四角い寝台など置かないで床に布団を自由にくりのべて、'かまくら'の中のままごとのような雰囲気を楽しんでいる。
こうした繭に似た一体形の形には、通常よくある部材のディテールの見せ場がないように見えるが、構造体の楕円の二焦点距離を微妙に変えて、彫刻的輪郭を創り出そうとしたことが、美しさを創り出すディテールの苦心というべきであろう。
これは住宅としては特異な特殊解だが、その形よりも発想のプロセスに注目したい。悪条件を逆手にとり、依頼者の期待以上の、思ってもいなかった解決で予想もしていなかった成果を生み出すのは、建築家の持つべき大切な能力のひとつなのである。

西所沢の住宅評

現代の住宅は増えつづける物品の収納場所となり、よほど思い切った処置を取らない限り、建築家の思っている空間とかインテリアの場ではなくなっている。ナチュラルエリップスは住人の英断で物品を排除し、次に述べるエアーハウスでは一切を戸棚に封じ込めた。この2例に対し、西所沢の住宅は家全体を収納場所と化した。
1階に戸棚はなく、おびただしい品々は棚の下か上、あるいは壁の前に積み上げられている。2階の個室は寝台以外は物の置き場といってよい。家の中の全ての物品は常に家人の目にさらされている。他者には雑然としたこの混乱も、おそらくそれぞれの品物にはそれぞれ決まった定位置があり、家人の記憶に刻印されて、無意識の中でも手を伸ばせばすぐ取れるのだろう。昔風の整理整頓の美意識ではとても耐えられない風景だが、それなら、戸棚に押し込めればいいのかというと、それはそれで記憶の心構えに油断があって、いざというときに探すのに手間取る。物品は増える一方だから、これからの建築は動作だけで平面を考えても解決できない。小さな家に押入を取るのではなく、押入を家にする。逆転の発想がこの建築の特色である。たしかに、建築家の設計した小住宅や小さな建売住宅が物の侵入でどうしようもない姿になっていくのを見るにつけても、発想の転換が必要な時がきたのだ。
しかし、この家の真髄は物品の露出にあるのではなく、路行く人々への日常生活の露出にある。
道路に接する1階の床は段差もなく、塀もないのに全面ガラスで、居間にいる家族の行動は昼間も、特に夜などは家族の行動が手に取るように見えている。都市の中の小さな家では、個室以外は無理して生活を隠すのをやめようという、都市的集団生活の思い切った提案をしているのだ。隠さない、気取らない、あるがままの生活。この建築家の趣旨に賛同する人だけが住めるという、特殊な人への一般解である。
それにしても評者が疑問に思うのは、建築の興味も関心もない依頼者が、建築家に何を期待しているのかということだ。経済的に追い詰められた世代が、空間の美意識に反逆し、独自の価値観を探している。従来追い求めてきた建築の造形美や品格とは違う視座で社会的集住体を追い求める建築家と、一方、住民がそうした社会的提案にさえ無感動になっている今の風潮に、時代が移り変わったのを感じている。

(選外作品)
エアーハウス評

この家には、三つの驚きがある。
敷地に足を踏み入れると、家まで15メートル、巾30メートルの前庭には一木一草もない。部屋に花を置かず、庭に花壇を作らない。目の前の川の流れだけに目を集中させる。
室内の物品はすべて収納されて目に触れず、スイッチ、コンセント、ドアノブのような建物にあるべき付属物は一つも目に入らない。
だいたい、38坪ほどの家が敷地いっぱいに30メートルもの稜線を流しているのも驚きだ。平行する川の流れを想わせる、意表をつくプロポーションである。
この長軸を協調して、入り口の対極に居間を置いた。入り口に接して寝室を置くのは大胆な配置だが、そのおかげでできた長廊下は、客船のプロムナードの遊歩を楽しむような仕掛けになっている。川の流れと平行に30メートルの敷地があるという、この時にだけしかない予条件に力点を置いたからである。床も平甲板のように平滑で、框やレールはなく、化粧室から浴室、浴槽の縁まで段差がない。ガラスは腐食や退色がないから、四周の保護壁に使うと決めると、その透明な性質を強調して、方立てを取り除き、上下框を沈ませて、縦線も横線もない、透き通る箱の中に生活の箱を入れ子にした。
一度決めた着想をどこまでも純化して強調するために渾身の力をふりしぼって設計する。惜しいことに選を逸したが、学ぶべき方法として記憶にとどめたい。

星野温泉・トンボの湯+村民食堂評

温泉の建物は男女二棟を並列して小路を作り、前山を眺めながら水路を遡って入り口にいたる。穏やかな屋根の重なりと、黒い竪羽目が山村を想わせる。村の色は黒である。
前山はアプローチのときからヴィスタに使われ、浴室に入れば、山の迫りと木の緑が内外の水面に影を落としている。これを主題と定めれば、力をここに集中するとよい。仕切りの塀を取り払う、平面上の工夫をしたり、浴槽の水面が池に続いて山裾にいたるさまなど、ここに演出を集中すると、それまで見てきた道中が、ここにいたる前駆であったかと、設計の意図を理解するであろう。
それにしても、とかく気負いすぎて先鋭な作品が多い中で、素直な表現と細部にそそぐ配慮とで、気持ちの安らぐ建築となり、訪れる人々に愛されている。'千と千尋'に誇張されている遊惰な温泉風情から抜け出して、清楚な建築を提示したことは記憶されてよい。惜しいところで賞を逸したが、続いて設計されるコテージ群とともに、おだやかな群造形として集大成することを期待している。


講評:山本 理顕

「ナチュラルエリップス」遠藤政樹
その環境に驚いた。円山町のラブホテル街のまっただ中なのである。こうした環境の中に住宅をつくって、そこに住む。これはひょっとしたらもはや住宅と呼べるようなものではないのかも知れない。環境との関係を見るだけでそう思う。実際、ここに住んでいる人も、この建築を一般的な意味での住宅とは考えていないようだった。「都心で職場に近いこと、友達が集まりやすいこと、それだけを条件にしてこの場所を選んだんです」いわば職場の延長のようなものであり、友達と酒を飲む場所であり、マンガ喫茶(地下一階の部屋の本棚はぎっしりマンガで埋まっていた)のような施設である。こうした住み方にこの繭のような建築がぴったり重なる。プランニングも明快である。
住宅というビルディングタイプそのものがここにはない。これが都心居住の現実なんだと改めて思った。


「西所沢の住宅」佐藤光彦
遠藤さん、池田さんの建築に対して、この佐藤さんの建築は逆に住宅であることに徹底してこだわった建築である。一階がリビングルーム、二階がベッドルーム、ごく一般的な住宅のプランニングである。一般的な住宅との違いはその一階部分が前面道路に対して全く無防備であること。商店のように中が丸見えなのである。そこに普通に住んでいる。別にがんばって住んでいるというような住み方ではなくて、実に自然なのである。道路から見ると、子供が家の中で遊んでいるのが見える。それが保育園のように見える。今まで厳重に中が見えないように防御していた住宅というのはいったい何だったんだろうと、むしろそっちの方が不自然に見えるような住宅である。周辺の地域社会に対する徹底した信頼、住宅の原点というのはそこにあるんじゃないかと改めて思った。


「星野温泉、トンボの湯+村民食堂」東利恵
広々としたランドスケープの中に悠然と建っている。そのランドスケープが美しい。サービス用の駐車場を巧みに隠して、建築が自然の中にとけ込んでいるように見える。ランドスケープ・デザインの巧みさというよりも、建築の素材の選び方、その素材に誘導されたような建築のかたち、それが何か懐かしさのような印象を与えるからでもあると思う。自然の中の温泉施設としては十分に考えられる解法だと思った。ただ、この建築はこの後計画されているホテルと一体になってさらに大きなランドスケープを構成することになる。その大きなランドスケープを見たいと思った。そこで改めて評価されるべきなのではないかと思う。


「エアーハウス」三分一博志
長さ25メートルの家、一方は橋本川に面して、もう一方は広々とした前庭に面している。両側面もサッシュレスのはめ殺しガラス張りである。だから前庭側から見るとこの建築を透して向こう側の橋本川の風景が見える。非常に伸びやかな景観をつくっていると思った。ただ、その長い建築を梁間方向に分割するようにプランニングされているために、そしてその分割された部屋がさらに可動間仕切りで閉じられてしまっているために、その透明感が多少失われてしまったようにも感じた。全面ガラス張りだけれども、住む人に対してそれが負担にならないように、非常に細やかな心遣いに満ちた住宅である。


講評:木下 庸子

 現地審査の対象となったのは4作品で、それぞれ完成度の高い力作であった。あらかじめ配布された資料を基に、拝見する建築をある程度頭に描きながら現地を訪れたが、今回新人賞を受賞した2つの作品はいずれも、図面と写真から私が事前に描いたイメージをはるかにうわまわる建築作品であった。このように、予想を良い方向に裏切られることもまた、現地の見学を伴う審査における審査員の楽しみのひとつでもある。
遠藤政樹さんの「ナチュラルエリップス」はふたつの住戸を持つ集合住宅ということであったが、図面からはどのように2世帯が組み合わされているのか理解に苦しんだ。また、楕円がモチーフとなった特殊な形態が、どのように生活空間として機能しているのだろうかという点にも興味があった。実際に建築を拝見して、ふたつの住戸ユニットの無駄のない集合形式と、楕円が作り出すユニークな生活空間に感激した。
平面は楕円を入れ子にしてできた外周部の空間と、内側の楕円の中心部にあるらせん階段の縦の動線空間という、ふたつのゾーンから成り立っている。しかし、空間構成においては平面と断面が融合し、ふたつの住戸ユニットがパズルのように組み合わされて成立する。1階の一部がオーナー住戸の玄関で、そこから中心部のらせん階段の筒を上下しながら、地階と3、4、R階をオーナーが専有する。一方、オーナー住戸とは反対側の入口から入るオーナー玄関以外の部分と、らせん階段まわりの2階部分が賃貸住居となっている。楕円回転体を用いた構造の考え方もまた、楕円の入れ子の平面形式と融合した最適の解であっただろう。
都市のまっただ中に住もうというオーナーは最小限の家具と、ベッドなしのふとん生活で、限られたスペースで暮らすことを徹底している。しかし賃貸部分の住人もまた、不整形な空間の中に実にうまく家具を配置して、ユニークな平面形態だからこそ可能な暮らしを楽しんでいる。これら住まい手の生活には、この建築が住まい手に与える強いインパクトがひしひしと感じられた。
佐藤光彦さんの「西所沢の住宅」は郊外型の核家族の住まいである。約40坪の延べ床面積といい、50万円代という坪単価といい、現代の日本社会で最も需要が多く、また供給量も多い住宅のカテゴリーである。正に、プレハブメーカーや建売業者が「売れ筋」と呼ぶターゲットでもある。それに建築家があえてチャレンジした。
「住宅の平面によって家族のあり方や新しい生活の提案をすることにさほど興味がない(というより建主の生活に踏み込む必要がない。nLDKで充分である。)」と佐藤さんは述べている。しかし、「西所沢の住宅」がすでに定型化されたわが国のnLDK住宅と決定的に違うのは、「道路に対して開けたLDKを持っている」という点ではないだろうか。このような道路に対してオープンなLDKは住まい手の生活スタイルの反映であることは言うまでもないが、と同時にこれは、外に対して限りなく閉鎖的になってしまったわが国の住宅プランニングに対する佐藤さんのアンチテーゼでもあるように思う。
建築雑誌に掲載された写真から察するこの住宅はかなり抽象的であったのに対し、実際に住みこなされた「西所沢の住宅」には、雑貨を集めることが趣味のオーナーの生活を受け入れる包容力が感じられた。言い換えれば「建主の生活に踏み込む必要がない」という佐藤さんの言葉が実践されている住まいなのだ。
三分一博志さんの「エアー・ハウス」は写真から察するとおりのすばらしい環境に置かれた建物であった。川の存在を意識して配置された建物は、前景とその背景とのバランスが計算されつくされており、現地を訪れた際に、門扉が開いて初めて目前にする建物とその背景のダイナミックなイメージは今でも脳裏に焼きついている。川と平行に配置された細長い建物は、全ての部屋から川と自然を借景として望むことのできる快適な生活空間が設計の意図であったことは間違いない。
この住宅は外壁の構成要素であるガラスは外皮として扱われ、その内側に、開閉が可能な木パネルの可動壁を備えた、いわば二重壁の考え方が基本となっている。必要に応じて開閉する可動壁はフレキシビリティーのある空間を可能とし、魅力的である。南面のガラスは限りなく透過性のあるものとするために、開き扉の枠や大型ガラス引き戸の障子を徹底して消す工夫が成されており、設計者のディテールに対するこだわりを感じさせられる。また、部屋と部屋の間には、正面の枠なしのガラス扉を開放して部屋の脇から通風を確保するディテールなど、ミニマムな表現を実現しながらも生活に対する気づかいが充分に感じられた。
しかし、南側の工夫されたガラス面に対して北面が全面的に合わせペアのフィックスガラスとなっており、通風、換気に支障ないとのことだが、全てをフィックスにする必要性があったのだろうか。「エアー・ハウス」というタイトルや「空気調整室」、あるいは「二層構造の屋根」といった説明文の言葉に、建築的な設備解への新しい提案を期待しすぎてしまったのかもしれない。
東利恵さんの「星野温泉/トンボの湯+村民食堂」もまた、自然を背景としたすばらしい環境下の建物である。軽井沢で古くから別荘客や観光客に親しまれてきた温泉場の建て替えであり、畳の広間を備えた従来の温泉場のイメージとは一新した、オシャレな施設として計画されている。施主とデザインチームのコラボレーションにより実現したこの計画は、それまでの経験に基づく施主の、温泉利用客へ対する配慮が充分に反映されており、竣工後の利用客数の上昇は施主とデザインチームのコラボレーションの成功を物語っている。
浴室に入った瞬間目前にする景色は、浴槽の水面と外の池の水面とのつながりや、前景に置かれた石組と、借景となる山の背景が綿密に計算されている。正に、石組を担当した彫刻家やランドスケープで共同したデザイナーとのコラボレーションの成果である。
しかし、トンボをイメージする形態からくる対称的な平面が原因となってであろうか、男女間の露天風呂が互いに見合う位置関係に置かれる結果となり、よしずの間仕切りが視線をさえぎるために置かれていたのが少々残念に思われる。これも建築とランドスケープを一体として考えることで可能な解があったのではないだろうか。一方で、図面上では強いエレメントとして目を引いた、村民食堂とトンボの湯をつなぐ曲線の動線には、現地を訪れるまではサービス動線であるということに気づかなかったが、盛土を用いたランドスケープ・デザインによって、施設利用客とサービスで往来する従業員との視線が見合わないような細かい配慮が感じられた。