1999年度JIA新人賞

審査員:高宮真介/松永安光/宮崎浩

[ 審査員の講評 ]

香北町立やなせたかし記念館・詩とメルヘン絵本館
香北町立やなせたかし記念館・詩とメルヘン絵本館  香北町立やなせたかし記念館・詩とメルヘン絵本館
設計要旨:古谷誠章+八木佐千子

古谷誠章 八木佐千子


1996年に竣工した高知県香北町立やなせたかし記念館アンパンマン・ミュージアムの別館である。月刊誌「詩とメルヘン」の表紙の原画を主に展示する。国道に面したミュージアム前の広場には、町のプールやホテル、老健施設が建ち並び、農産物市なども立ってにぎやかな一帯となっている。私たちは後にある帽子のような形の山が当初から気に入っていて、こんもりした山とその裾の竹林と建築が、互いに引き立て合う造形を生みたいと思った。建築が景観を壊すのでもなく、周囲から身を隠すのでもなく、両者をランドスケープ的なスケールをもって相乗的に働かす。建築を置くことでその土地に潜在する空間の価値を可視化したいと考えた。

 高知県は周知の通りの林業県で、杉やヒノキの森林資源は極めて豊富である。この計画では当初から木造で計画しようと考えていた。単年度発注の公共施設工事では、なかなか適切な木材の調達が難しい。今回はやなせさんがまず個人的に建物を建て、竣工後に町に寄贈するという意向だったのが幸いした。地元の建築家の協力も得て、工事発注に先立って杉材を手配を始め、伐採地での葉枯らし乾燥などの措置を講ずることができた。設計者の選定も、施工者の選定も公共建築物の通例である入札などの手続きを経ず、施主からの特命により行われた。2館続けての設計依頼が非常に光栄なことであったと同時に、単体の建築の持つ力を1+1以上に相乗的に高められた点でも極めて恵まれていたと感謝している。

 建築家がそのテイストによって館の意匠を徹底するのではなく、展示作品と建築空間が対話し、また空間と来館者が対話できるようにしたい。藤江和子さんにも、ここでは家具ではなく初のチャレンジとなる階段のデザインを依頼した。人の上り下りはもちろんだが、来館者が「詩とメルヘン」のバックナンバーを読むために腰をおろすこともできる。ここは美術館であるのか、はたまた図書館であるのか。来館した人がそれぞれ無意識の内に決めている。建築空間の使い途が多様であって、人々に使い途を発見され続けるものでありたい。建築の空間は人が思い思いに使い、それを生活の中に活かすことによって初めて有意味化すると考える。

 建築は人々にそれまでに持たなかった視点や気づかなかったスタンディング・ポイントを与えるものである。建築は人々を初めての風景に引き合わす。この美術館全体の半透明な空間の中を逍遥する、あたかも周囲の森の散歩の延長のような楽しみを、来館する老若男女に味わってもらいたいと考えて設計した。

古谷誠章(ふるや のぶあき)
1955 生まれ
1978 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1980 早稲田大学大学院修了
1983 早稲田大学理工学部建築学科助手
1986 近畿大学工学部講師
1990 近畿大学工学部助教授
1994 早稲田大学理工学部助教授
1994 スタジオナスカ設立
1997 早稲田大学理工学部教授


八木佐千子(やぎ さちこ)
1963 生まれ
1986 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1988 早稲田大学大学院修了
1988 團・青島建築設計事務所勤務
1994 スタジオナスカ設立
1995 文化女子大学非常勤講師