火災体験
6月13日午前3時30分頃、1階の開放ガレージに放火されました。就寝中のこと。早めに気付いて夫は消火に飛び出して行きましたが、消防に一報を入れているわずかの間に一つしかない出口は火に包まれ、子供二人と取り残されました。もう、自分で設計した耐火建築物の性能を信じるしかありませんでした。窓を閉め、煙の入ってくるのを防ぎ、救助がくるのを待ちました。間もなく消防車が到着。しかし、窓の横からも火が吹き上げているのですぐに脱出することはできず、消火するまで待つしかありました。室内は何も変わりなく、煙も入ってこず、匂いもしません。
10分待ったでしょうか、火はほぼ鎮火し消防隊によって窓から梯子で救出されました。外傷も煙の被害も受けませんでした。この時は『耐火建築物さまさまだな』と思いました。しかし、再び戻って被害を見た時、助かったのは偶然なのかもしれないと思いました。耐火建築物だからと言って火災に強く、人命を救える性能を有しているわけではない現実を見ることとなりました。それは、設計として常識にしていたこと、そのものが問題なんだという事実でした。
燃えるが熱を伝えない自然素材
早々に飛び出して行った夫が見たものは、燃え上がるプラスチック製品でした。駐車場に置いてあったアウトドア用品、ランタン用ホワイトガソリン、ラフティング用のゴムボートが勢いよく燃えていました。次の瞬間、自動車のガソリンに引火し車が炎上し、ガレージは火の海。水道水で消えるような状態ではありませんでした。開放型の駐車場は風洞となり、空気を吸い込み炎は勢いを増します。燃料や樹脂製品が燃えれば、火のまわりはあっという間です。
わが家は鉄筋コンクリート壁式構造、外部に難燃材の木繊維セメント板30ミリと表面に杉板20ミリの外断熱、内部打ち放しの耐火建築物です。当初は杉板の外装材が火災の被害を大きくしたかと想像しました。答えは逆です。木の外装材は見た目、真っ黒に炭化し大きな被害を印象づけますが、建物に対しては被害を和らげていました。表面の数ミリ〜1センチ程度炭化し、中に熱を伝えていないことが判ります。木の裏側に接するポリエステルの防水シートは実(さね)のあまい部分が茶色く焦げたものの、殆ど燃えていません。杉板が燃え落ちた被害の激しい所ですら、木繊維セメント板は燃え切れていません。天井に貼った炭化コルク50ミリも無惨に焦げていますが、表面2センチも削ると綺麗なままの炭化コルクになります。断熱材の中の躯体は被害の激しい所ですらヒビも浮きもありません。露出していた土間スラブは高熱で弾けて2センチほど表面が剥げてしまっています。もし、躯体もコンクリート表面をさらけ出していたら熱で弾け割れ、建物一部の火災であってもこの建物自体の保有耐力は失うこととなったと想像できます。車が焼けた火災の高熱から建物の命を守ったのは、20ミリの杉板で難燃という評価の木繊維の断熱材です。自らは燃えますが、消火活動が終わるまで躯体に高熱を伝えず被害を手前で食い止めていたのだと判ります。
燃えない物は火に強い?
わが家の火災は消防の到着も消火も早く、出火から30分程度で消火されました。その短時間の間に被害を広げてしまったのは、金属製の認定防火戸でした。鉄製の網入り硝子入りの乙種防火戸は、消火水に急冷され枠が外れるほど変形し、網入り硝子は割れ、室内に残り火を入れる結果となりました。靴を焼き、玄関框を焼き、煤を入れ、放水によって内装を痛めました。
駐車場上にある事務所のアルミ製防火戸は窓の框どころか枠も跡形もなく溶けてなくなっていました。方立に充填したモルタルだけが硝子ブロックの横に立っていました。部屋中真っ黒に煤が着き、窓の傍にあったパソコンはモニターと共に無惨に溶けていました。硝子ブロックの表面も溶け、まるでお婆さんのおっぱいの様に垂れ下がっており、炎の温度は800℃を越える高温だったことは伺えます。だからと言って防火戸が溶けて仕方のないことでしょうか? 耐火建築物の壁は1時間の耐火性能を要求されています。そこに付く認定防火戸が十数分もたないのでは無意味な基準です。今の防火戸の認定制度は0℃から火をかけて20分もてば良いという基準です(常温で0℃の状況は極めて少ない時期を対象としている?)。その基準でもアルミは10数分で融点に達してしまいます。どうにか形体を20分保っているだけで、実際の火災で早々から800℃の熱がかかれば、アルミの融点は600℃です。ひとたまりもない性能の防火戸(?)なのだということです。スチール製乙種防火戸も同様です。今の制度では、熱して水で急冷するという基準はありません。放水前は熱に耐え火の侵入を防いでいました。しかし、水をかけた途端、そこは全くの開口になってしまいました。現代の日本において消防が来ないと言うことは考えにくい事です。それを思えば、耐熱ガラス入り鋼製甲種防火戸にも疑問を抱かざるおえません。
優秀な木製防火戸
わが家はアルミサッシと併設して木製の防火戸を使用していました。気密性の良い断熱サッシとして省エネルギーの観点から採用しました。防火戸という面からアルミ製やスチール製との性能の違いなど考えもしなかったし、むしろ劣ると思い込んでいました。しかし現実は、木製防火戸は耐火建築物の開口部材として充分の役目を果たしていました。
木製防火戸は表面こそ炭化しますが、枠は構造体に熱を伝えず、なかなか燃え落ちず、消火水に急冷されて変形することもありません。客人に、「網入り硝子も消火水の水圧で網が切れてしまうので、意味ないですよね」と言われました。「それは、認識の間違いです。金属製フレームだから枠の変形で切れるのであって、勢いよく放水されても網は切れませんよ」と変形したスチールドアの上にある木製サッシを見せました。急激に冷やされ細かく硝子にひび割れは起こしていますが、網は強固に水圧に耐え頑張っていました。「この窓が割れなかったので、私達が避難している部屋には火も煙も水も入ってこなかったので鎮火するまで建物の中で無事に待っていられたんです。」
総合性能を設計する
この経験で、素材の持つ性能を、固定観念や思い込みを廃して知る必要があると思いました。硝子が良くても枠が駄目なら性能は出ないわけです。それぞれの性能が良くても、組み合わせが悪ければマイナスになってしまうのです。「燃えない素材が火災に強い」「燃える素材が火災に弱い」というのは思い込みだったと知りました。
また、生活の復旧を考えると総合性能がバランス良く高く、命も家財も建物も守る設計をしなくてはならないと感じました。次世代省エネルギー基準を前に樹脂系断熱材が重宝がられ、樹脂入りアルミ断熱サッシも多く出回りはじめました。ある一面のみの性能だけを評価して他の低性能を見落とすことで、火災の際には大きな被害を誘発し、人命を守ると言う建物の重要目的を欠落させてしまう結果になるのではないでしょうか。性能を評価するなら、今のようなアンバランスな合格基準を持つ認定制度など意味がありません。終局性能を明示し、それぞれの持ちうる性能が判断できるようにする必要があるのではないでしょうか。そうすることで、本当の価値が判り、総合性能の高い建物がつくれるように思います。
*木繊維セメント板:MKボード
*木製防火戸:キマド
アクティブエコ住宅ホームページ http://www.geocities.co.jp/SweetHome/1822/
ぜんようじ さちこ
一級建築士事務所
オーカニックテーブル