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特集 私の選ぶ20世紀の建築

土浦亀城自邸

新人賞第5回受賞者  岸 和郎


1994年の晩秋、雨のそぼ降る日の午前中、「土浦亀城自邸」(12) を訪れる機会を得た。それは僕自身にとってはちょっとした、自分の建築家としてのアイデンティティに関わってくるような出来事だったのだ。僕が土浦亀城の作品と初めて出会ったのは1970年代まで遡る。カビくさい大学の図書館の書庫で見た戦前の『国際建築』や『新建築』のページに初めて土浦亀城の作品を見つけたとき、同じくページをかざっていた同時代の建築家と比較しても圧倒的にすごいと感じた。そのまんま1970年代の雑誌のページにのっていても全く不思議ではないと思えたのだ。ポスト・モダニズム、それも歴史主義的なポスト・モダニズムの嵐が吹き荒れ始めていた1978年、僕が大学に提出した修士論文はそうした時代の流れからは対極にあった日本のインターナショナル・スタイルを見直そうとしたもので、土浦亀城の作品をコーリン・ロウ/ピーター・アイゼンマンの文脈で分析するという、今思い出すと赤面するような、でも自分なりには気合いの入ったものだった。その後一度土浦氏とはニアミスがあった。油壷に別荘を計画したことがあり、すでにそこに建っていた土浦氏設計の住宅を取り壊すことになった。そのことの報告でお電話を差し上げることになったとき、「かまいません。いい建築をつくって下さい。」との言葉にホッとしたことを憶えている。
 初めて体験する土浦自邸。そのパステル・ブルーの階段やレモン・イエローのキッチン、そしてもちろん例の内部空間の印象はとても今日的な、軽快なものだった。そこにあるのは先行する建築に「時代」が追いすがっていく姿のように思えた。1930年代には前衛だったものが時の流れと共に1990年代には今 日 的なものに変わっていくこと。そしてそれはこれからさらに歴史的建造物へと変わってゆくのだろうか。僕にはどうしてもそれがこの建築の老いていく姿として幸せなものだとは思えなかった。木造トロッケンバウという形式の、1930年代のテクノロジー・オリエンテッドな建築にとっては、という意味だ。同じようにテクノロジー・オリエンテッドな文脈の建築だと僕が考えているポンピドゥー・センターは今大規模な修復を受けている。土浦邸もそのように、時の流れと共に姿を変えてゆくのなら別だが、今のまま凍結して残すことは建築にとってむしろ残酷な気がしてならない。現在までも土浦邸はさまざまな変更を受けてきている。時代と共に姿を変えなくなったあの建築の姿は見たくない気がするのだ。
 「かまいません。いい建築をつくって下さい。」20年以上前に電話から流れてきた声が再び耳にこだまする。

きし わろう
京都工芸繊維大学工芸学部 造形工学科
近畿支部・京都府