JIAの建築家達 閉じる

鬼頭梓  
  鬼頭梓は、JAA−JIAの歴史の中で最も重要な会員の一人であったといえよう。思い出される役職だけでも、JAA理事は当然として、副会長、関東支部初代支部長、職能法推進本部長、第一回大会実行委員長、そしてJIAになってからも、1992年から4年間会長を、また「建築家資格制度」に関わる委員会その他の委員長を歴任している。それに、会の外では「入札をしない建築家の会」(80)を作り積極的に活動をしている。前川國男の愛弟子に相応しい活躍ぶりである。のみならず、作品の上でも、前川の建築の影響を色濃く受けているといえよう。
鬼頭は、1961年前川事務所を辞めて独立した後、多くの公共建築を設計しているが、その中には東京経済大学図書館、山口県立図書館、日野市立中央図書館など、図書館が多い。その中で、小さな図書館だとはいえ、日野における館長前川恒雄との出会いは大きな影響を鬼頭に与えたようである。移動図書館から始めて小さな「分館」を作り、そして「中央館」に至るという、まず活動や生活があってその後に建物が必要になるという、当たり前だがとかくそうなっていない今日の状況の中で、館長との徹底的な議論の結果が、鬼頭の建築の性格を大きく規定したことは間違いない。しかし他方、そのようなクライアントとの徹底的な議論や話し合いの結果がそのまま建築になるのではない。「建築には建築独自の秩序があって、それは本来生活とは無関係で…、その無関係なものの間に、最後には有機的ともいえる関係が生まれてくる。その過程が設計だと思う」と、彼はある座談の席で語っている。日野の場合でも、ケヤキ林の向こうに富士山がみえる場所に吹き抜けの閲覧室を設計したいと思いながら、館長はそこを床にしたらもっと本が置けるということで合意に至らなかったが、そこまで言うならということで出来上がったその吹き抜け空間を、後になって一番喜んでくれたのはその館長であったというのである。
鬼頭梓は、敬虔なクリスチャンであり、また、東大の建築に入る前に「人類学科」に暫く在席していたということ、そして何よりも前川國男の薫陶を受けたということが、彼の建築の性格を大きく規定しているのではないのか。なお、鬼頭梓は1926年生まれ。
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