能登半島地震に関するJIA災害対策本部リポート-1

   
今被災地は-石川県による応急危険度判定作業進む
  3月25日に能登半島沖を震源として発生した「能登半島地震」については、発生から数日がたち、被災状況も概ね明らかになり、建築面からは石川県による応急危険度判定もほぼ完了する段階になりつつあります。27日・28日は地元建築士会・事務所協会メンバーの民間判定士への支援要請もあり、60名の判定士が被災地に入りました。
JIAの支援体制は
  JIAでは、地震発生直後からJIAの災害対策マニュアルに従い、JIAに本部対策会議(対策本部長:仙田満会長)を立ち上げると共に、発生県である石川地域会を中心に北陸支部による現地対策本部(本部長:水野一郎北陸支部長)を、夫々26日立ち上げました。
両対策会議による合同協議の開催
  その後、夫々に情報分析を進めながら27日には、本部対策会議の副本部長である中田準一災害対策委員長、大羽賀対策委員、JIA防災担当事務局高野孝次郎参与の三名が急遽金沢に入り、夕刻より現地対策本部メンバー(全員参加でした)との合同会議を開催されました。
会議では、現状の石川県の対応、他団体も含めた建築界の動きなどについて報告を受けた後、JIA対策本部は新潟県中越大震災における三島町被災度判定にかかわるボランティア活動で得た経験や反省点を踏まえて策定され、その後の福岡県西方沖地震で有効に機能したJIA災害マニュアルについてのレクチャーが行われました。
その結果、JIAとしては被災市民支援の姿勢を明確にして、石川県に応急危険度判定以後の活動について全面的な支援を行うことを申し入れることになりました。
石川県土木部建築住宅課訪問
  翌28日には、石川県の実務対策の中心になっている建築住宅課を訪問、中田本部対策副本部長、水野現地対策本部長ほか6名がJIAとしての被災者支援につき正式申し入れを行いました。
特に、新潟県中越大震災の際にJIAが三島町(現長岡市三島支所)で実施した罹災証明のための被災度判定に全戸調査を行ったこと、その成果として地震からくる住民の不安解決に大きな成果が上がったことなど説明。県の担当官も大きな関心を示され、今後の関係市町村への情報提供を示唆され、新潟地域会によりまとめられたその報告書を県に提供することになりました。会合は大変有意義なものとなりました。
石川県知事とエレベータで同乗
  建築課を訪問する直前、偶然県庁に入られる県知事にお会いする機会がありました。
防災服に身を固められた知事は、同乗したエレベータの中で輪島の門前地区の被災状況の大きさについて何度も口にされ、水野現地対策本部長に是非現地に入って支援をというお話をされていました。水野対策委員長も全力で支援を回答されていました。
被災地能登半島へ
 
県での面談を終えた後、現地対策本部の高屋利行会員(復興支援チーム担当)に先導願 い大羽賀本部対策委員と高野参与が、被災地の能登半島に現状把握に向かいました。
道路は能登に向かう高速道路が地震発生後不通箇所があるため、途中からは一般道を使い現地に向かいました。
片道約2時間半の行程でした。最初に入った七尾市、次に輪島市の中心部では思いのほか住民の方も落ち着いておられ、町も自衛隊や消防車両が多く多数とまっているほかは一見平常に動いているように見えました。
しかし、少し歩くと被災の大きかった民家群では倒壊した古い民家の撤去が始まるなど地震の爪あとがそこかしこに見え始めました。
危険分からず危険判定の住居に戻る被災者
 
被災地を歩くうち、一軒の倒壊の恐れありという「赤紙」を張った民家の前で若い警察官達が立ち止まっていました。近づいて見ると建築関係と名乗ったところ中に被災者が立ち入って休憩していること、危険はないかとの判断を求められました。警察官も張ってある応急危険度の張り紙の見方が分からず困っていたようです。早速張り紙の意味を説明すると理解されたようで、建物に入っている被災者家族に立ち退くよう指導していました。行政間の連携も更に必要と感じました。JIAメンバーも持ち主のお年寄りに危険性の意味を説明し早期の退去を促しました。
こうした活動を通して改めて危険度判定とは別に早期に建築ボランティアの必要性を強く感じました。
最も被害の大きかった門前に入る-集落全体が赤紙や黄紙がほとんどという惨状
  最後に、今回の地震で最も被害が大きかった門前に入りました。この集落はメイン道路を隔て両側とも軒なみ倒壊のおそれが高い民家が並んでいます。
特に木造民家の裏にある倉はほとんどが全壊つぶれています。
道路には警察官が出て、交通整理をし、一方で被災者が家財道具の持ち出しを行うなど慌しく出入りをしていました。
この地域は建物だけでなく道路もかなり破損していて、段差や亀裂が走っていました。
特にこの地域は老齢者世帯が多いということで、全壊に近い建物をこれから新たに建て替えられるのかどうかある面で大変難しい問題を抱えることになったようです。
場合によっては集落そのものの有り様が変わってしまうことも考えられるとのことで、災害による新たな問題点を含んでいるようです。
(一部写真を掲載します。また、この地域を中心とした被災の状況については大羽賀対策委員撮影による写真を別途掲載します・是非ご覧下さい)
災害発生後の問題
  県に伺った際、被災住民を対象として早くもボランティアを名乗るあやしげなリフォーム業者が出回りはじめたとの情報も伺い、ますますJIA等建築団体による早期に住民に対する支援の必要性に関する思いを強くし能登を後にしました。
現地対策本部では県を通じて市や町からの支援要請がつい入ってもよいように準備体制に入ることになりました。今後の動きについても逐次リポートを入れますので、全国の会員の皆様のご支援をお願い致します。
 
2007年3月29日記 参与 高野孝次郎