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■ 「丸の内八重洲ビル」の保存活用に関する要望書を三菱地所株式会社あてに提出しました。

2005年10月11日

三菱地所株式会社
取締役社長 木村惠司 様

社団法人 日本建築家協会(JIA)
関東甲信越支部   支部長 松原忠策
同 保存問題委員会 委員長 川上恵一

「丸の内八重洲ビル」の保存活用に関する要望書

 拝啓 時下ますますご清祥の事とお喜び申し上げます。

貴社におかれましては、日頃より建築文化の継承に理解を示され、日本工業倶楽部会館等のプロジェクトにおいて、その理念を実施されている事に敬意を表します。又、本協会の活動に対してご支援を賜り、深く感謝致します。
さて、先般貴社より「三菱商事ビル・古河ビル・丸の内八重洲ビル建替計画」が発表されました。街区を一体として再開発するのに伴い、三菱商事ビル、古河ビル、丸の内八重洲ビルを解体し、その一部に1968年に惜しまれながら解体されたジョサイア・コンドル設計の三菱一号館を復元される計画であるとお聞きしております。
「丸の内八重洲ビル」は、1928年(昭和3年)に三菱一号館と隣接して建設され、小松石の粗石積みによる独特の基壇部分を持った3層構成の立面と、東京駅側のコーナーに設けられた特徴ある尖塔により、以降77年間の長きに亘り丸の内のオフィスビル群の中で独特の位置を占めてきました。三菱一号館と併存していた時代は、基壇部分が三菱一号館の煉瓦壁と調和をなし、また一方では、旧丸ビルと共に31mのスカイラインを形成することにより、現在に続く丸の内の都市景観を構成して行く規範となった極めて重要な建築です。
建築は都市を構成する重要な要素である事はもちろん、都市と人々の記憶の集積であると考えられます。三菱一号館を取り壊して建てた三菱商事ビルや、古河ビルは、オフィスビルとして大きな役割を果たすのみならず、現在では、世界にも誇りうる丸の内の景観構成に於いても大切な位置を占るに至っております。これらの建築を解体することは惜しみても余りあるものがありますが、特に「丸の内八重洲ビル」は、丸の内に於いて格段に重要な位置を占めており、その解体は、丸の内が育んで来た記憶の集積としての文化に決定的な損失を与えるものと考えられます。
今回の三菱一号館を復元される計画は、貴社の都市開発事業者としての原点に立ち帰ろうという姿勢の表れと拝察いたします。三菱一号館から「丸の内八重洲ビル」、その後の数多くのオフィスビル群へと続いた貴社の都市開発の伝統を積極的に再評価して頂き、「丸の内八重洲ビル」のオーセンティシティーに十分配慮した持続的活用と、三菱一号館以来培われてきた丸の内の景観構成を尊重した計画の検討を、慎んで要望致します。

尚、社団法人日本建築家協会関東甲信越支部、及び同保存問題委員会はこの困難な課題の克服の為に、できる限りの協力をさせていただくことを申し添えます。

敬具



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