EAST-EAST
 

 
RYTAI-RYTAI リトアニア日本建築家展EAST-EAST
LIETUVOS - JAPONIJOS ARCHITEKTUROS RENGINYS LITHUANIA - JAPAN ARCHITECTURE EVENT
REPORT
MAY 2003

REPORT

この夏、リトアニア共和国第2の都市カウナスにおいてリトアニアと日本の建築家参加によるイベント「East-East」が行なわれた。7月27日から8月の13日までの約2週間、日本からは槇文彦先生をはじめとした8名の建築家、及び大学生がリトアニアを訪問しイベントに参加した。実は、今回のリトアニア訪問は日本建築家によるバルト3国への初の公式訪問となる歴史的なイベントでもあった。

日本とリトアニアはそれぞれの地域において「東端」に位置する。この地理的位置の相対的共通性をテーマに両国の文化交流を目指す企画は、2000年春、当時在日臨時大使であったダイニュース・カマイティス氏によってに考案された。その後、日本建築家協会(JIA)の芦原太郎前副会長の巧みなプロデュース、日本・リトアニア建築家協会、カウナス市当局などとの1年半のコーディネーションを経て無事開催される運びとなった。リトアニア建築家協会では筆者の在住するカウナス支部を中心に企画が進められた。また、同時期(7月22日〜26日)にベルリンにおいてUIA(国際建築家連盟)2002年大会が開催されたことも、JIAがドイツ隣国であるリトアニアに目を向けた動機となったことは幸いである。

「East-East」のプログラムは3部から構成された。第1にリトアニア・日本建築家作品展(7月30日〜8月13日)、第2に建築家シンポジウム(7月30日、31日)、第3に学生ワークショップ(7月27日〜8月13日)である。プログラムは7月27日より学生ワークショップの開催でスタートし、30日早朝よりシンポジウム、また、同日夕刻には、Milinskas美術館において槇文彦先生の開会宣言による建築展が開催され多くの市民も参加して会場は大いに盛り上がった。この開会式には、ヴァルダス・アダムカス大統領の歓迎のメッセージをはじめ、弦楽器にるクラッシック音楽のパフォーマンスも行なわれ、日本からのゲストたちはヨーロッパ的な雰囲気に感激した様子であった。さらに、式典後にはカウナス市長主催の歓迎夕食会が旧カウナス市庁舎で開かれた。ここでは、市長の挨拶の後、金安駐リトアニア日本大使よりリトアニア政府への感謝のメッセージ及び参加者に向けての激励の言葉があり、ゲストたちは両国の親善交流に対して彼らの責任を改めて確認している様子であった。


このプログラムの焦点となった槇文彦先生の基調講演は、地元の建築家・学生をはじめ一般市民まで多数の聴講者を集め会場は満席となる状況となった。講演では、槇先生の作品を中心に日本の近代建築の傾向とそのコンテキストが紹介された。これを受けたリトアニア建築家協会カウナス支部長リナス・トゥレイキス氏の講演では、リトアニアの地域的、国家的近代建築活動のグローバリゼションによる影響について解説した。


シンポジウムでは、とくに近代建築文化の変遷について様々な観点から議論が交わされた。自称「7人の侍(新居千秋、芦原太郎、大野秀敏、北山恒、隈健吾、国広ジョージ、古市徹雄)」(リトアニアニア側ではこのユーモアが大受けであった)とリトアニア建築家・評論家(トマス・グルンスキス、ヴィタウタス・ペトゥロニス、ジョナス・アウジャイティス、ユラーテ・トゥトリーテ)は幾つかのグループに別れ、それぞれ新しいプログラムの構築、ビルディング・タイプ、建築文化における秩序と変遷など幅広い領域にわたるテーマについて討論した。シンポジウムの冒頭には、先攻の「7人の侍」による個々の作品紹介を通した各自の創作理念と社会的スタンスについての紹介があった。一方、リトアニア側は評論家・研究者中心の編成ということもあり、一般論から建築論的観点まで広い視野で両国の建築環境を分析した。また、各セッションでは、両国の地域性、国家的固有性等の相似性・相違性を中心にディスカッションが進められた。グローバリゼーションという避けられない現実のなかで国家性保持の必要性が複数のパネリストよって提案された。また、両国間の微妙な文化的な相違点も明らかになった。また、私たちリトアニア・オーディエンスにとって、人間の内面的な感情・審美的飽和のなかで日本文化の伝統と国家的固有性が存在することが垣間見えたことは大きな発見であった。すなわち、建築文化とは社会・環境的存在真実より発するものであり、視覚的飛躍のみより発するものではない。リトアニアでは、現在、国家固有性の探究段階にあり、現時点では高価格な美的、形態的建築が主流となっており、時には社会・文化的コンテキストから遠ざかっているように見受けられる。この傾向は建築展に出展された地元の作品に明らかに表現されていた。


私は、2カ国の建築文化においてのアプローチの相違は教育システムの違いにその根源を求められると感じた。この考えは、この度行なわれた学生ワークショップ「都市への介入」において明るみに出た。36名の学生(日本人18人、リトアニア人18人)は6つの両国合同チームに分かれ7月27日から8月1日の6日間「カウナスの市街地を河に向ける」をテーマにそれぞれの提案を製作した。カウナスは二つの河の合流地点に位置するが、直接市街地がウォーターフロントに接することはない。学生たちに与えられた課題は、このコンテキストにアーキファーニチャーを設置するというものであった。学生チームの作品のなかには、一方では両国の文化的相違を巧みに融合した優秀な作品が見られたが、また、同時にチーム内での相違が解決しないまま、結果的に動機に欠けた未完成な作品も見られ文化の相違の問題が浮き彫りにされた。しかし、全体的には彼らは限られた時間内で(3日間)評価の高いアーキファーニチャーを提案し講師の建築家たち全員が納得したようであった。ワークショップにおいて、チーム内での役割分担の傾向も興味深いところであった。ここでは、日本人学生は主にコンセプト発想にまわり、一方、リトアニア人学生は技術・製作面で活躍したと報告されている。


「East-East」イベントでは、公式プログラム以外の様々な親睦会・見学会が両国の建築家の関係をさらに深める役割を果たした。また、日本人建築家が訪れたルミキスのリトアニア民家園では両国の伝統建築の際立った相似点が確認された。トラカイ国立公園、首都ヴィルニアスにある城郭と伝統建築には日本からのゲストは真剣な態度で地元文化を体験していた。また、彼らはリトアニア建築の中立性と国家的建築の構築を目指したヴィルニウスの高層化によって生じる地域性の侵食を懸念し、これについてもリトアニア側と意見が交換された。杉原千畝記念館ヘの訪問で、老朽化した記念館の修復が提案されたことはこの度の交流プログラムのもっとも現実的かつ建設的発想であると感じた。近い将来、両国間において文化交流に大きな役割を果たすことが期待される。

ふたつの東方文化の間に芽生えた深層の対話、両国の作品から感じられる無言の感動、そして、深夜に体感したダンスの情熱的なリズム。目に見えない心と心の繋がりが私たちの建築への「東方的」愛情をしっかりと確認させてくれたのであった。


文章:ユラーテ・トゥトゥリーテ
美術評論家・ヴィタス・マグナス大学博士課程在籍
訳:国広ジョージ

 
 


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